「錦織圭は百年に一人の逸材だ」という事を、テニス解説者がよく口にする。
これは錦織圭の凄さを象徴する代名詞となり、日本テニス界にとって奇跡の様に語られる。
だけど、裏を返せば錦織圭に続く選手は、あと百年後にしか現れないという事?
すでに西岡や太郎は「not of 眼中」。
今、頑張っているジュニア達も、まったくもって期待されていないのか。
「錦織圭を目指して頑張れ!」と言いながらも、心の片隅では「夢の夢」と思っているのか。
それならば本来は、「錦織圭を目指すなんかは百年早い! 君たちはダニエル太郎を目指せ!」となるのだろうか。
言わんとすることは理解出来るけど、なんか釈然としない「○○年に一人の逸材」表現。
せめて次世代に期待を持たせるようなメッセージが欲しいな。
「モーリス持てば、スーパースターも夢じゃない!」
※昭和時代の名言(by 谷村新司)
コメントをお書きください