仲間に見惚れた。

先日、混合ダブルス団体戦に参戦。

 

男性一人が足らないというチームに助っ人参加。

女性二人は、ジュニア時代からテニスに打ち込んでいたアスリート。

そして、私とペアを組む男性はテニスを初めて約一年の初心者の方。

私は、どなた様も試合当日に初対面。

 

試合は女子ダブルスと男子ダブルスを行い2勝した方が勝ち上がり。

1勝1敗になると、勝負はミックスダブルスのタイブレーク勝負。

状況から察して、我々の勝ちパターンは女子ダブ必勝。

そして勝利の行方はミックス次第。

助っ人を依頼した方も私に「勝負は貴方次第です」。

※私に頼んだ時点でアウトですから。

 

結果をあっさり申し上げると2回戦敗退。

2回戦のミックスダブルス戦で10-12で負けちゃいました。

※敗因は秘密。

 

しかしながら、初戦、2回戦と女子ダブペアのテニスの上手さに見惚れてしまいました。

力強いというよりしなやかなフォームでコースを丹念に突くプレイにはオーラが漂ってます。

きっと本気モードにはなってなかったと思う。

彼女たちは2試合通じて2ゲームしか取られなかった。

※男性陣は2試合通じて2ゲームしか取れなかった。

 

試合に負けたこと自体はもちろん悔しかったけど

なによりも残念なことは、もう少し彼女たちと一緒にテニスを楽しみたかった。

間近で応援する彼女たちのプレイがとてもかっこ良く観ててワクワクした。

 

ポイントを取られても堂々としている姿や立ち振る舞い。

今年は私もそれを目指します。

態は齢を表す。

小学生の頃、初めて自分の声をラジカセに録音した時の驚きは今も鮮明に覚えている。

「え! これが俺の声? このラジカセ壊れてる!?」

※蓄音機を発明したエジソンも、きっと同じ衝動に駆られたはず。

 

得てして、人は自分の事が一番解っていないと思う。

自分が思う「自分像」と他人から観られる「様子」は多分に一致しないかも。

その場合は、他人の眼の方が真実に近いという事に初老になって気付く。

 

先日、とある縁があって自分の試合の様子を映像で観る事が出来た。

そこに映し出される私の姿に額から汗がドッと噴出した。

なんと無様な姿なんだろう。

こんな姿を日々堂々とテニスコートで他人様に観られていたとは。

 

ボールを追う姿は、ジタバタドタバタ。

打ち込む姿は、背中の曲がったおじい体形。

 

もっとハツラツとした姿をイメージしていただけに大いにショック。

やっぱり年相応な振る舞いになってしまうのですか。

自分では、同年代と比べるとそれなりに若いつもりでしたが

客観的に観ると、ご多分にもれず齢相応な動きをしている現実を突きつけられた瞬間だった。

「え! これが俺のフォーム? じじくさ!!」

※鏡を初めて見た時の記憶はないなぁ。

 

 

 

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震えが止まらない夜。

今思い出すだけでも両足に漂う冷たさが蘇ります。

 

その日は、疲れててリビングでうたた寝をしてしまい、気付いたら25時。

家族はとっくに寝床に収まってて、あたりは時間が止まったかのような静けさ。

気だるい身体を起こし、ふらふらと廊下の明かりを頼りに自分の寝床に。

 

眼鏡を枕元に置き布団に潜り込むも、部屋の異様なほどの冷たさに目だけが覚めがちに。

徐々に頭がすっきり神経が研ぎすまれてくると、布団の中の両足にとてつもなく冷たさを感じ出す。

まぎれもない現実にハッとする。

 

ロキソニンシップを両足に満遍なく張りすぎたか!?

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やっぱり腑に落ちない。

コート上で、皆がコールする「ジャストー!」

 

初めてこのコールを聞いた時は、????。

「ジャスト」って、「ちょうど」とか「かろうじて」って意味だろ。

「ちょうどセーフ?」「ちょうどアウト?」「かろうじてセーフ?」「かろうじてアウト?」

しかし、左手を高々に挙げているからアウトって言う事かな?

いやいや、「ジャスト!」って聞こえたけど、「アウト!」の聞き間違いだろう。

 

なので、テニスを始めて1年ぐらいはそう思ってた。

しかしながら、私の観はくつがえされた。

やっぱり「ジャスト」だった。

2年目の春に草トーデビューの試合最中に「かろうじてアウト」って奴だったと悟った。

 

じゃ~、「ジャストアウト!」って言ってよ~。

とモヤモヤ感もありながらも、それ以降は郷に入れば郷に従えで私も何食わぬ顔をして使い始めた。

 

でも、アメリカはもとより外国ではこのような「ジャスト」コールは一切使わないらしい。

そもそもプロの試合でも聞いた事ない(国内プロは使ってるのかな?)。

と思いながらも。

 

 

余談

先日、ボストン生まれのアメリカ人と会話の中で

私が「Oh~、just idea!」って口にすると、奴は「just idea? なにそれ」って不思議そうな顔。

今の状況下において、それは、今、正に一番良いアイデアだと言う意味だとボディランゲージを交えながら説明すると(汗)

「それなら、good ideaやbest ideaが正しい。justなんかは使わない」だと。

 

「じゃ~、Just outは」って聞きかけたが、説明するのが煩わしいと悟り口を閉ざした。

(あえて、言葉の使い分けというか表現の豊かさで使い分けたかった私の意図を踏みにじりられた虚しさも手伝って)

 

 

昔はしごきで、今は宴会。

11月25日26日、MGSテニスアカデミーの一般クラスの合宿が開催された。

 

大人になって、部活のノリでのテニス合宿はとても新鮮で学生時代を思い出す。

当時との大きな違いは、怖い先生や嫌いな先輩たちが居ない事。

それと、日々の部活も少し嫌々やっていたところも。

今は好きなテニスというスポーツを気の合った仲間たちと楽しんでいる毎日。

 

そんな中で企画されたMGSテニスアカデミー合宿。

楽しくないはずがない。

 

そうそう、学生時代との違いがもうひとつ。

午後あたりから、足を攣り出す人が続出となりけり。

 

私は翌日の別件で食事会およびお部屋での宴会には参加出来なかったけど

この夜のイベントこそが大人の合宿のお楽しみであり意義である。

これを欠席した事に大いに悔いが残る。

 

私の中の「合宿」とは

昔は「合宿」=しごき。今は「合宿」=宴会。

 

諸説:同じ目的の学習や訓練、研修などを1ヶ所(または複数)の宿舎等に宿泊しながら一定の期間行うこと。

情報の共有化。

自宅玄関前で、左手で鍵を握りしめながら右手でポケットの中のあるはず鍵を探す吾輩。

しかるに、すでに事前にポケットから鍵を取り出したことも忘れて。

 

どうして、左手(感触)は右手に鍵の在処を伝えないのでしょう。

あいだの立場にいる脳(私自身)が他人事の様にやるせない気持ちになる。

 

テニスコートで、眼と手はボールが飛んでくる方向に反応しているのに脚はついてこない。

まさに上半身だけが反応して下半身は他人事。

 

齢をとるという事は、情報の共有化が疎かになるという事かも。

無題。

あっという間に、夏も終わって今年も残り2か月。

 

時は瞬く間に過ぎていきますが、その間の出来事はほとんど記憶に残ってない。

いや、記憶に残っている出来事が少ないから、時があっという間に過ぎ去ったと錯覚しているのかも。

 

先日、テニスの試合で私に勝ったお相手が、「前回のリベンジが出来ました」と嬉しそうに囁いた。

(ん? あ~、確かにそんな事があったかと笑顔でご挨拶)

自宅に戻って調べてみたら、なんと去年の夏の出来事だった。

つい最近の話かのように語ってられたので驚いてしまった。

自分が負けた試合は、結構鮮明に悔しさと共に覚えているけれど、

自分が勝った試合って、結構忘れているものかも。

不思議なものです。圧倒的に負け試合の方が多いのに。

 

まさに、人は悔しさをバネに生きるのですね。

 

 

テニスですがなにか。

この時期になるとアウトドア派にとっては、必ず避けて通れない「こんがり日焼け」。

 

週明けに職場に行くと、必ず言われる「焼けてますね~」の決まり文句。

まぁ、ここは「今日も良い天気ですね~」等のコミュニケーションのつかみの挨拶として問題なし。

そこから始まる会話で最近の日常生活から垣間見る互いの近況確認。

 

「いい色に焼けてますね~。」

「そうでしょ、家族とBBQをしましてね~」

「お~、それは羨まし! 山ですか? 海ですか?」

「それが、ハーバーランドのモザイクにそんな一角が出来ましてね~」

「あ~、有りますね! でもあそこってテントの中なので日焼けしないのでは?」

「ん? じゃ~、ビール焼けですかね」

とかね。

 

しかし、先日。

例の如くクライアント先で担当者と顔を合わすと

「あれ~、すごく焼けてますね!? どうされたんですか?」※ほら来た。

「実はテニスをやってまして、昨日は試合だったんですよ」

「ふ~ん・・・・・。」※え! なにその反応。

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闘争本能。

試合初参戦の女性のお話(回想録)。

テニス仲間の中では少し奥手の彼女は、なかなか試合にエントリーすることが出来ませんでした。

 

そんな彼女が、周りが次々と試合に挑み楽しんでいる様子を目の当たりにしてか、遂に勇気を振り絞って試合にエントリー。

 

試合会場では、堂々としたものです。

他の参戦仲間は緊張気味で会話も少なめの中、雰囲気にのまれている様子もなく落ち着いたたたずまい。

私が初参戦の時は、試合までに何度トイレに走ったことか。

 

試合は4人総当たりのリーグ戦。

記念すべく1試合目で、いとも簡単に初勝利(一打一打に一喜一憂でスコアは把握してません)。

2試合目は、そのままの勢いでと思いきや完敗(自分の試合で観戦出来ず)。

 

3試合目は、勝ち越しの掛かった最後の試合。

サーブはバンバン入ります。

リターンも確実に返します。

ラリーは、しっかりコースを狙って打ってます。

自分のショットが決まれば、相手に向かってラケット面と左手で拍手するパフォーマンスも忘れません。

 

絶対に初参戦には見えません(笑)

どっしり試合に集中してます。

しかも、果敢に攻めてます。

 

観戦している私達も、ついつい彼女が打つたびに悲鳴のような歓声のような声が出ます。

もちろん、対戦相手から「一打一打うるさい!」と御叱りを受けました(汗)

※対戦相手が私の知り合いだったので試合自体は和やかでした(と思います)

 

結構エキサイティングな試合でしたが、終わってみれば1-6で敗退。

 

試合後の挨拶の際に彼女は相手に言い放ったそうです。

「今は技量では負けてますが、次は必ず勝ちます!」(的な事を)

負けてとても悔しかったそうです(笑)

※まずは勝者を称えないとね。

しかし、彼女の次回の試合が楽しみです。

余談

ロッカールームで対戦相手には、興奮して言い放ってしまったことを

ちゃんと謝ったとさ(笑)

 

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ひっそりと再開です。

大変ご無沙汰しておりました。
4月末の日記を最後に2か月も遠ざかっておりました。

 

決して長期入院をしていたわけでもなく、はたまたロングバケーションで外遊していたわけでもなく、いつも通りの生活を送っておりました。

 

なのに、2か月もの間、日記を閉じたままに。

普段から「継続は力なり」とテニス仲間や後輩に講釈を垂れる者としては恥ずかしい限りです。

 

実際のところは、モチベーションなのでしょうか。

人はすべての行いに対して、なにがしらの考えや思いがあるものです。

その考えや思いが強いほど、行動が大胆になり積極的となって表れます。

 

そして、その行動の継続性の支えてとなるものがモチベーション。

 

ではでは、日記へのモチベーションは何でしょう?

テニスへのモチベーションは「勝ちたい」。

仕事へのモチベーションは「心豊かな生活」。

 

答えをみいだして頑張る所存です(笑)

※ゆる~くネ。

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ゴールデンウイーク。

もうすぐ大型連休のゴールデンウイークがやってきますね。

テレビでもゴールデンウイーク関連のCMや番組を多く目にします。

 

興味のない人や休めない人にとっては、まったくもってどうでもいい情報。

と言うか、なにか世間一般の幸せから取り残された疎外感を感じたりもする。

 

大型連休では、ここぞと「サービスを提供する側」と「サービスを受ける側」の両方に別れる。

特に日本の休日は、この2つが両立してこそ互いの恩恵を受けているような気がする。

 

「スロースタイルで良いやん。」※自然と調和したゆったりとした時間の流れを楽しむ

卑屈な見方をする私は「仕掛ける市場」に「踊らされる消費者」と客観的に静観する立場を装う「自宅居残り組」。

 

そうそう!

私事ですが、3月4月5月は「サービス強化月間」

強烈で安定したサービスをご提供出来るように頑張っております。

 

ゴールデンウイークもテニスコートでお会いしましょう!

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大人げない傷者。

小学生の頃は手足に生傷が絶えることなく、「赤チン」と「ばんそうこう」が悪ガキの必須アイテムでした。※余談ですが、当時の子供は風呂上がりは首周りには「テンカフ(天花粉)」も必須アイテム。

 

中学、高校と成長に伴って、そういった怪我はなりを潜めてくる。

大人になるにつれ身体の傷よりも、心の傷の方が・・・・。

 

しかるに、人目にはそんな傷を負った大人は目につきにくくなってくると言うか、公園や空き地で転ぶような大人は物珍しい。

 

ひとたび、大の大人が顔に絆創膏をはったり、手足に大きな擦り傷などの怪我を負うと大層目立ちます。と言うか「どうされたのですか?」と聞かずにはいられませんよね。

 

しかしながら、テニスコートには、そんな大人がおるのです。

 

何度転んだことでしょう。

練習だけでなく試合でもダイナミックに転びます。

膝や肘には生傷が絶えません。

ボールを追いかけて上垣をジャンプの際に踏み外してむこうずねを打ち付けたりとか悲惨です。

 

大の大人が「大人げない」と言っている場合ではなく、これは正に足腰の衰えなのでしょうか。

50歳を過ぎても、手足に生傷が絶えないなんて・・・。

 

老体に無理をし過ぎでしょうか?

 

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そんたく。

週末テニスを楽しむオヤジにとって、家族の気持ちを考慮したうえで月単位のスケジュールを埋めていくのが正しい生き方です。

同時に、周りのテニス仲間に対しても、そちらのご家庭事情を考慮したうえでお誘い致します。

 

私達にとっての「安倍首相」は「奥方」です。

 

とは言え、他人様の気持ちを察するのはとても難しいもので・・・・。

出てこないと思いきやポーチに出てくるし、右だと思いきや左に振ってくるし。

対戦相手の気持ちを忖度しながら次の手を打つのは「奥方」の機嫌を取るのと同等に難しい。

 

人生もテニスも、まだまだ未熟です。

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開花宣言

なんとなく春らしい日差しが降り注ぐ陽気となってきましたね。

 

敷地内のさくらも、今週末から来週に掛けて開花するのではないでしょうか。

 

心配していた雪で覆われる事も無く、無事に冬を乗り越えた感じです。

冬場、この閉鎖間漂う山の中腹で、しっかりコツコツとテニスに打ち込んできた皆さんにとって、ようやくつぼみから大いに咲き誇る時が到来です。

 

開花宣言と共に新年度スタートですね。

 

 

 

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牛は牛連れ、馬は馬連れ。

テニスコートでご年配のプレイヤーを目にするとほのぼのとする。

齢をとっても若者に交じって走り回る姿は敬服であり勇気づけられる。

 

そう言う私も、レッスンやオフ会では、ほぼ年下の方々とご一緒にテニスを楽しませてもらっている立場(笑)。

 

ところが先日、コート上でプレイする67歳の方を指さして「自分が10年後も、あの様に動き回れるのだろうか」と話題にすると、私を囲む皆さんで齢の自己申告が始まる。

 

なんと全員(4人)がオフ会では少数派とみられていた50歳~に驚く。

特に女性の方は齢が判りづらいが、とてもハツラツとした美魔女!

 

昨年7月から始めた「みのたにシングルスオフ会」

主催の私が年配だからでしょうか。

元気なご年配のご参加が増え始めてます。

 

「テニス」と言うキーワードで 例えるならば、「類は友を呼ぶ。」

「テニス」に「年配」をプラスしたら、「牛は牛連れ、馬は馬連れ」が表現として微笑ましい。

 

追伸

この時代、50歳台を高齢と呼ぶのには抵抗があるので、あえて「年配」と修正。

 

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アリとキリギリス。

先日、草トーナメントに参戦してきました。

日頃レッスンで学んだことが、どこまで上達できているかの腕試しです。

もちろん、試合ならではの雰囲気を楽しむマイイベントでもあります。

 

試合当日は、基本的には試合開始1時間前には現地に到着してエントリーを済ませて待機します。

駅から会場に向けて歩いていると、ひとり黙々とランニングで汗を流している方と遭遇。

「あ、以前に他の大会で対戦した方だ!」

ノーアドゲームは全てやられて3-6で負けた相手です。

ゲーム内容は一見白熱したように見えて、実はすべて打たされかわされたと言うところ。

 

試合運びもさることながら、こうしてすでに早くから汗を流して体調を整えてる志に感心。

それに引き換え、私は会場を目前にして、少しまだ時間があるからと道中にある池のほとりでおにぎりを頬張りながら同僚と世間話で和む。

 

そんな対照的な2人が、予選を突破した後の本戦トーナメントで2度目の対戦。

2-6であっさりと負けました。

 

いや~、勝てませんよね。

意識の高い「ランニングマン」VS 池のほとりで「おにぎり和みマン」

同じ早めに来ても試合に対する心構えが違います。

 

次回からは気を引き締めます。

 

ちなみに、ランニングマンはその大会を優勝されたとさ。

めでたしめでたし。

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アメとムチ。

常日頃から、分相応を意識して行動をとってきているつもりですが、それなりに齢を重ねてくると知らずのうちに貫禄が付いてくるのでしょうか。

 

ふらっと立ち寄った店で、あれやこれやと商品説明を始める店員さん。

あえて高価なものばかりをチョイスし、性能や特徴を紹介する傍ら、私をほめちぎり。

 

人って誉められると悪い気にはなりません。

心地よい状況下で、なんとなく姿勢を正して物わかりの良い紳士を演じてしまいます。

 

でも、残念ながら、私はそれらの商品知識(造詣)は全く乏しくて、店員が説明する言葉がちんぷんかんぷんで一向に購買意欲をそそりません。

 

店員さん、おだてる相手が悪かった。

 

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春うらら。

この数日で少しずつ暖かくなってきたような気がします。

聞くところによると、ここホテル敷地内は桜で満開となるそう。

今からとても楽しみです。

 

ところで、「春」や「桜」とくれば連想されるのが「卒業」であり「入学」。

視点を変えれば、「お別れ」や「出会い」でしょうか。

多感な少年少女や若者にとっては、とてもセンチな時期かな。

 

しかし、私のような子供も巣立ったオヤジ達にとっては、この時期は「移動」やら「退職」と、なにやら少し意味合いの違うセンチな「年度末」。

人生いろいろで、春の感じ方もいろいろかと。

 

そんな中、誰もが陽気に向かう先には「お花見」が定説。

ロマンチックに夜桜を楽しむカップルやご夫婦。

桜道の通り抜けを楽しむご家族。

ブルーシートを敷いて酒盛りを楽しむ若者やサラリーマン。

 

どれもが今や日本の風物詩。

とりあえず、私はブルーシート派です。

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人の振り見て、我が振り直す。

私が受けている初中級クラスレッスンに、ジュニア強化クラスのH女子さんが飛び入り参加。

 

さすがにかっこ良い。

ストローク球出し練習を順番待ちで後ろから見ていて、スイングフォームに惚れ惚れ。

左右に走り込み、打つ前にしっかり腰が据わり打ち込む。

見るからに安定感抜群。

とは言え、まったく力みを感じないフォーム。

受講者みんなで「お~、すごい」

 

私も、あんな感じで打てるようになれたらと触発されて、いつになく力み気味に打ち込んでしまう。いやいや、私だけでなく周りの受講生も興奮気味にダッシュ(笑)

 

上手な方が練習にご一緒してくれると、こんな士気が盛り上がるのを実感。

もちろん、日々コーチのレッスンにも満足しておりますよ(笑)

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百聞は一見に如かず。

中学生の頃、自分の歌声をラジカセに録音して初めて聞いた時。

「え~、この変な声は何!? スピーカーがおかしいの?」と驚いた経験がある。

リズム感もさることながら、初めて聞く自分の声色に愕然とした。

 

骨伝動で伝わる音声と外に伝わる音声がこんなに違うことを初めて知った瞬間。

自分が思い描くイメージが、他人には全く違ったもので伝わりイメージされている。

しかも、それがまぎれもない事実であることが恐ろしかった。

 

先日、ご自分のテニスの様子をビデオ撮りされた方が、同じようなコメントをされてた。

「私って10年近くも、あんな無様なフォームを皆さんにさらけ出していたんですね。非常に驚きました。もっとましなフォームだと思ってました。」

 

そうなんです。

自分のフォームが自分のイメージするフォームと違うのに愕然とするのです。

しかも不細工となると頭を抱えます。

 

人様の仰る事を信じない訳ではなくて、自分では従ってるつもりが従えてない事実。

人の身体はどんな精密機械よりも優秀だと言われるけども、イメージ通りの再現性は容易ではない事に失望と不満を感じる今日この頃。

 

今度、怖いもの見たさでカメラを持参し真実を見つめ直したいと思う。

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